「6羽のかもめ」思い出した
2026年9月28日(月) 国立天文台暦計算室& 視認or気象庁ホームページより | |
| 日の出 | 5:16 |
| 天気 (5:00) | 曇り |
| 気温 (5:00) | 15.5℃ |
| 気圧 (5:00) | 1007.0hPa |
| 予報 | - |
| 予想最高気温 | - |
| 記載時刻 | 15:40 |

イラスト著作:「無料イラスト素材はちドットビズ」
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今日の釧路は、午前中は晴れたり曇ったりでしたが、午後から雲が優勢になって、15時過ぎに雨になりました。15時までの最低気温は15.0℃、最高気温は21.8℃です。
倉本聰さんが、1974年(昭49)、NHK大河ドラマ「勝海舟」の脚本を不本意ながら途中降板し、その騒動から逃げるように北海道へ渡り、札幌で暮らした後に富良野へ移り住んだ、そして、北海道での暮らしや人々との出会い、自然に触れる日々が、「北の国から」として結実した。ということは周知の事実です。
訃報に接して、Wikipediaや生成AIで作品の時系列を見たら、ドラマ「6羽のかもめ」が目に留まりました。前述の「勝海舟」降板の直後(1974年10月5日~1975年3月29日)に放送されています。ただ、騒動冷めやらぬ時だったので、脚本は倉本聰ではなく、別名で執筆したことも記されています。
それで思い出しました。1974年(昭49)10月といえば、長嶋引退をきっかけに釧路にUターンすることを考え始めた時でした。そんな中、「6羽のかもめ」を見ていました。といっても記憶にあるのは、「見てた」程度で、ストーリーを語るには至らないです。
「6羽のかもめ」の最終話が放送された1975年(昭50)3月29日は、釧路にUターンした日の前後でした。上京(正確には、1970年[昭45]3月末、丹沢山塊連なる神奈川県秦野市南矢名67の「大根荘」に移転)して5年後のことでした。倉本聰さんと同じにしては叱られますが、Uターンも途中降板のようなものでした。ただ、会社は円満に退社しています。
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