「5割の人が1975年のほうが幸福だったと思っている」う~む微妙
2025年12月5日(金) | |
| 日の出 | 6:38 |
| 天気 (5:00) | 晴れ |
| 気温 (5:00) | -1.7℃ |
| 気圧 (5:00) | 999.3hPa |
| 予報 | 晴れ時々曇り |
| 予想最高気温 | 2℃ |
| 記載時刻 | 9:40 |

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今朝の釧路は晴れです。9時の気温は-0.4℃です。
時々、無性に食べたくなるマルちゃんの「やきそば弁当」です。普段、パッケージはさっさと破って湯を注ぐのですが、あらためて見ると「50周年 1975年発売」とあります。それで、あれ?と思いました。これまたマルちゃんの「ダブルラーメン」ともども東京で暮らした時(1970年4月~1975年3月)に食べた、というイメージがあったからです。
でも、やきそば弁当は1975年(昭50)8月の発売のようですので、これは明らかに記憶違いでした。こういうのとか後付け記憶とかあるんです。困ったもんです(と言うほどホントは困ってない)。
昨日、そんなことを思いながら、FM東京「ラジオのタマカワ」を聴いていたら、取り上げたのが「日本人の5割が1975年のほうが幸福だったと思っている」という「イプソス:世界的な世論調査会社」のアンケート結果でした。偶然にも1975年重なりです。
自分の場合、1975年に限定すると微妙です。前年、長嶋引退、"夕食難民"といったことで、東京から4月に釧路にUターンした年です。
夕食難民というのは、当時はまだコンビニが普及していませんでした。自分の生活は、11時半頃に出勤して秋葉原の「あきば食堂」で朝昼兼用のブランチ、21時頃に上高井戸のアパートに帰宅、でも開いているのは居酒屋か寿司屋だけ、という状況でした。
自分は酒屋の前を通っただけでも・・・という筋金入りの下戸なので、頼りは寿司屋さん、でも金がないので「のり玉(海苔巻きと卵焼き)」オンリーでした。
Googleストリートビュー:あきば食堂がある小路
Googleストリートビュー:「のり玉」で世話になった甲州街道沿いの寿司屋さん
それと、度々、「東京にいたほうが良かったかなあ・・・」がありました。それは翌々年に所帯を持つまでありました。なので、1975年(昭50)に限定すると、幸福度は微妙なところです。それと今の状況に不満はないです。もっと言うと、50年前も今も考えていることといえば、朝食摂ったら昼(食)なにかな?昼食べたら夜は何かな?です。
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