今日の釧路 2025年8月30日(土) |
| 日の出 | 4:44 |
| 天気 (5:00) | 曇り |
| 気温 (5:00) | 17.6℃ |
| 気圧 (5:00) | 1009.1hPa |
| 予報 | - |
| 予想最高気温 | - |
| 記載時刻 | 15:50 |

イラスト著作:「無料イラスト素材はちドットビズ」
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今日の釧路は曇りです。15時までの最低気温は17.5℃、最高気温は20.3℃です。
NHK総合7時55分からの「0755DDチャンネル(北海道ローカル)」は、「放送100年 アーカイブ写真が伝える北海道」でした。
NHK札幌放送局の資料室から、昭和40年代(1960年代後半~70年代前半)にニュースに用いた画像(写真)42,000枚が"発見"されて、そこには道内各地のようす、事件、災害などが記録されていた、という内容でした。
当時はテレビであってもニュース映像(動画)は機材調達面で数が限られていたそうです。そして、42,000枚の写真の中から何枚かが紹介されたのですが、そのトップは漁船がひしめく釧路港でした。
↑ Googleストリートビュー:最近の釧路港を幣舞(ぬさまい)橋から望む画像です。昭和40年代の前半、私は中・高生でしたが、この川の両岸にびっしり漁船が係留された光景は日常的なものでした。
東京の繁華街の夜、タクシーが2列、3列に並列になって道路を埋め尽くして待機している映像がありますが、あれの道路が川、タクシーが漁船に置き換えれば想像できると思います。
川の中央側に係留した漁船から岸にあがるには、並列した他の漁船に跨いで移るのです。そのようすを幣舞橋の上や岸壁から眺めていた記憶があります。ぴよんぴょんと簡単に渡っていましたが、酔っぱらって帰ってきた時はどうするのだろう?と思ったものです。
私が釧路にUターンした1975年(昭50)からも暫くはこの光景が続きました。夜、繁華街に出ると主だった店は漁船単位の貸切で店内には大漁旗が掲げられていました。サラリーマンは文字どおりの門前払いでした。
↑ Googleストリートビュー:最近の北大通5丁目です。右のベージュ色の建物は百貨店の丸三鶴屋です。といっても30年くらい前に札幌資本の丸井今井百貨店になって、それも10年くらいしか続かず"空き家"になって20年くらい経ちます。
でも、前述の昭和40年代・50年代の頃には、丸三鶴屋がある北大通5丁目から幣舞橋北橋詰(マルタカ電気があった)までは、歳末大売り出しの時期になると歩道は人で溢れていました。
↑ Googleストリートビュー:最近の幣舞橋北橋詰(北大通1丁目)です。ここから5丁目辺りが買い物客だらけでした。大げさでなく行き交うのも大変でした。
てな話をしても「そうだったねぇ」と返ってくるのは50代後半までの人たちで、それ以下の人たちは「嘘(『う』と『そ』の間に促音)~ッ」と言われます。
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