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何度目かの「北の国から」

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2024年(令和6年)
 今日の釧路 1月27日(土)
 日の出 6:43
 天気 (5:00) 曇り
 気温 (5:00) -0.9℃
 気圧 (5:00) 1005.2hPa
 予報 -
 予想最高気温 -
 記載時間 15:30


20240127
イラスト著作:「無料イラスト素材はちドットビズ」
https://ha-chi.biz/


今日の釧路は、午前は雲が優勢でしたが、午後からは青空が伸しています。15時までの最低気温は-1.5℃、最高気温はプラスの1.6℃です。

一昨々日(24日)から「北の国から」を1話から見ています。これまでも同じことをしていますが、今回は、2021年(R3)10月9日に「北の国から」放送開始40周年記念イベントとして開催された「追悼田中邦衛さん、思い出せ!五郎の生き方」で倉本聰さんが語った「その後の『北の国から』」が頭にあるので、これまでとは違った見方になっています。

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↑ 画像の上は、1997年(H9)の夏に資料館を訪れた時の入場券です。下は、その前年の資料展の記念カードです。レギュラー放送最終話(1982年[昭57]3月26日放送)にあたり、「富良野ろくごう、 廃屋、さよなら 吹雪、キタキツネ、あしあと、さよなら 灯は小さくてもあったかかったよ。 「北の国から」今夜でお別れです。 一0九三五通のお手紙ありがとうございました。 純 螢」と記されています。この視聴者からの手紙の数でわかるとおり、放送終了後の翌年からドラマスペシャル「北の国から '83冬」が始まり、「北の国から 2002遺言」まで続きました。

「北の国から」を見ていると、放送開始からの42年間の自分、家族のことも思い出します。富良野には、放送開始の1981年(昭56)の3年前から毎冬、北の峰スキー場に通っていました。1987年(昭62)の夏からは、家族で白金野営場(美瑛町)にテントを張って、「へそ祭り」にも通いました。

子ども達が独立してからも、富良野・美瑛行は年中行事として続き、美馬牛の「Gosh」、上富良野町の「まん作」、美瑛町の「味枡」、上富良野町の「白銀荘」、そして往復の途中にある新得町の「ヴィレッジ432」を訪れています。妻は、白金野営場行を続け、管理人さんに間違えられるまでになりましたが、私も昨夏、11年ぶりに復帰しました。

前述の「その後の『北の国から』」ですが、倉本聰さんは「北の国から 2021ひとり」として脚本を書き終えているそうです。でも、フジテレビの事情で映像を借りられないことから頓挫した、とのことです。そうであれば、今のテレビ界には期待できないので、まず、出版をしてほしいです。ぜひ読んでみたいです。

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