8月15日
.
今日の釧路 | 8月15日(火) |
日の出 | 4:27 |
天気 (5:00) | 曇り |
気温 (5:00) | 15.6℃ |
気圧 (5:00) | 1013.1hPa |
予報 | - |
予想最高気温 | - |
記載時間 | 18:10 |
イラスト著作:「無料イラスト素材はちドットビズ」
https://ha-chi.biz/
今日の釧路は、午前中は雲が優勢でしたが、午後からは青空が勝っています。18時までの最低気温は15.5℃、最高気温は24.0℃です。
お盆になって3日目になってしまいましたが、墓参りにいってきました。入りの日でなかったこともあって空いていました。というか、見渡せる範囲では、ほかに3組くらいしかいませんでした。墓地内車輌通行規制があった時代は、遠い昔になりました。
NHKの太平洋戦争に関するドキュメンタリー番組、いろいろ録画している中から、今日は2本見ました。「軍人スポークスマンの戦争 ~大本営発表の真実~」と「紫電改 最後の戦闘機」です。どちらもBSの再放送です。「大本営発表の真実」は、昨年の12月、「紫電改」は1979年(昭54)7月に放送された番組です。
「大本営発表の真実」で印象に残ったのは、報道部に大本営発表の内容を決める権限はなく、それを握っていたのは作戦を担う部署だったこと、報道部は国民に真実を伝えることを主張するが受け入れられなかったこと、その中で敗戦を迎えるが、報道部の人たちは、戦後も国民を騙した張本人扱いされて苦しんだこと、嘘偽りの発表を強要した作戦部の人は、戦後になっても、情報操作は戦略の常套手段、と開き直っていたこと、といったことです。この組織の構図は、敗戦後の日本社会でも続いていると思います。
「紫電改 最後の戦闘機」は、日本軍が制空権を既に失っていた昭和19年に開発、生産されたことに驚きました。イメージとしては、その頃には資材も食料も尽きて、あるのは竹槍だけ、というものでしたが、実際は、零戦の2倍の馬力があって、且つ、小回りも利くという戦闘機で、グラマンの部隊にとっても脅威であったようです。番組の最後には、愛媛県の海底で発見された墜落機を引き揚げて、海を見下ろす山の上で保存する、とあったので、修復した戦闘機が、公園の一角にでもあるのかな?と思って検索したら、立派な展示館が建設されていました。
戦後生まれの我々世代で「紫電改」というと、「少年マガジン」の「紫電改のタカ」です。洞窟の滑走路から飛び立つ紫電改に搭乗する撃墜王が主人公の漫画でした。「ハリスの旋風(かぜ)」「巨人の星」「おそ松くん」「天才バカボン」「8マン」なんかと並んで、子ども時代を語る時には外せない存在です。
8月15日は、職場にいた頃は、親会社から御触れがあって、半旗の掲揚と正午に黙祷をしていました。「御触れなんかなくてもするよ。こんな時にだけ親会社面しやがって」と言いながらも、心を込めて行っていました。退職後は、甲子園の黙祷に合わせていました。でも、今日は、高校野球が中止だったので、黙祷する時間がずれてしまいました。外国との戦いは、WBCやワールドカップ(オリンピックはダメ)に留めてほしいです。
| 固定リンク
コメント