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恒例と言いつつ不定期の防湿庫整頓

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 今日の釧路 12月31日(土)
 日の出 6:53
 天気 (5:00) 晴れ
 気温 (5:00) -8.8℃
 気圧 (5:00) 1014.4hPa
 予報 晴れ
 予想最高気温 1℃
 記載時間 10:20

今朝の釧路は晴れです。10時の気温は-5.2℃です。

なにか年末らしいことをしようと思いましたが、先月、和室、自室の片付けをして、高山(広域連合清掃工場)に処分品を持ち込んだばかりです。掃除、片づけはバッチグーです。ならばということで、防湿庫の整頓をしました。

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↑ RICOH Caplio G4 wideです。これは、ヤフオクで入札したら、あら、出品者は、私がインターネットを始めた頃からの仲間だった、というデジカメです。リコーのホームページでスペックを調べてみました。1/2.7型原色CCD 総画素数 334万画素、解像度 2048×1536、35mm換算 28~85mm f 2.6(W)~4.3(T)、液晶モニター 1.6型 TFT液晶 約8万画素、となっています。

発売は、2003年(H15)9月ですが、この頃は、デジカメにも希望小売価格があった時代で、¥50,000になっています。翌年の5月には、同じ28~85mm で、広角側のf値が微妙に明るくなって(f 2.5)、513万画素のCaplio GXが¥70,000で発売されています。このGXは同じ広角28mmのレンズを搭載していながら、「wide」は謳っていません。それだけに、前年発売のCaplio G4 wideが、いかに広角がウリだったかがわかります。

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↑ Caplio G4 wideのバッテリー DB-43は、MADE IN JAPANです。どうなのでしょう?今は、どんな高級機でもバッテリーは彼の国製なのではないでしょうか?これも、時代が違う証です。そして、このカメラ、単3アルカリ電池2本でもOKです。これも利点だと思います

ちなみに後発のCaplio GXのウリは、「レリーズタイムラグが世界最速 0.2秒」です。この頃のデジカメの難点は、シャッターにタイムラグがあったのと、電源スイッチを押してから、使えるようになるまで、(大げさに言うと)待たされることでした。なので、カメラ雑誌のレビューには、必ずこの2点の評価がありました。今は廉価なエントリーモデルでも、これらが気になる機種はないと思います。

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↑ 昨日の夕方、Caplio G4 wideで撮った画像です。リサイズのみです。広角28mmで電柱が歪んでいますが、334万画素、解像度 2048×1536であっても、全く以ていけます。夕暮れの感じも出ていて、いい感じです。

それから、上の画像1枚目のCaplio G4 wideの銘板にシールが貼ってあります。お遊びで雑誌の付録のシールを貼ったものです。「SINGLEX GX」とありますが、後ろの「GX」は前述のCaplio GXです。前の部分の「SINGLEX」は、「シングレックス」と読みます。1962年(昭37)発売の一眼レフ機ですが、古くからのリコーファンには知られた存在です。

「リコー シングフレックス」で検索すると、関連記事がいっぱいヒットしますが、その内容については、リコー自らが「リコーカメラ全機種リスト」に記載したものがわかりやすいです。【引用開始】輸出部門から海外向け一眼レフの要求が強硬に出されたが、当時の理研光学の技術ではフォーカルプレンシャッターカメラの生産はむずかしく、業を煮やした輸出部門が板橋にあった小外注のカメラを仕入れてしまった。その工場は日本光学のニコレックスFの部品を作っていたため、出来上がったカメラはニコレックスFと名前が違うだけのカメラになってしまい、マウントもニコンマウントになっている。【引用終了】

ありのままを説明するのはリコーらしくて、さすがだなと思います。それにしても、「出来上がったカメラはニコレックスFと名前が違うだけのカメラになってしまい」が許された時代なのか?日本光学にしてみたら、ニコン Fを発売した後で、それどころでなかったのか?あるいは、理研光学をライバル視してなかったのか?実際のところどうなのでしょう?

その後、リコーは「フォーカルプレンシャッターカメラの生産はむずかしく」から、レンズシャッター一眼レフの「リコー 35 フレックス」を2年後の東京オリンピックの年(1964年 昭39)に発売したことが、前述の「リコーカメラ全機種リスト」に記されています。

今から振り返ると、昭和30年代のリコーは、一眼レフに関しては、なにやってんだか感がありますが、日本光学と名前だけが違う一眼レフを発売した1962年(昭37)には、あのリコーオートハーフを発売していますから、やはり大した光学メーカーなのです。ということで、昔も今も、リコーは最高です。

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