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懐かしい釧路臨港鉄道のカラー写真を見た

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 今日の釧路 3月12日(土)
 日の出 5:40
 天気 (5:00) 曇り
 気温 (5:00) 0.8℃
 気圧 (5:00) 999.8hPa
 予報 晴れ時々曇り
 予想最高気温 7℃
 記載時間 10:10

今朝の釧路は、曇りから霙(みぞれ)、雪、そしてまた曇りと変化して、今は日が射しています。なので、1cmほど積もった雪はすぐ融けました。10時の気温はプラス3.3℃です。

amazonギフト券をいただいたので、妻はポンチョ、私は本と写真集を買いました。

写真集は「総天然色 ヒギンズさんの北海道鉄道旅 1957-70」です。米国人のJ・ウォーリー・ヒギンズさんの作品集です。北海道新聞社の出版です。著者紹介の欄には、【引用開始】1956年に初来日。1958年に本格的に来日以降、日本に在住する。国鉄顧問を務め、現在はJR東日本国際事業本部顧問。【引用終了】とあります。

特徴は、何と言ってもカラー写真であることです。この時期、日本では珍しかったと思います。釧路臨港鉄道の頁もあるのですが、1959年(昭34)7月下旬に撮影した車輌、駅舎、街並みがカラーなので、これまで見た写真よりもリアルに表現されています。ヒギンズさんが釧路を訪れた当時、小学2年生だった私は、永住(ながすみ)町に住んでいたので、日々、旅客車を見ていました。もちろん、何度も乗ったことがあります。

これも懐かしい鶴居村営軌道の頁もあります。今、軌道跡は、釧路湿原温根内の木道と繋がる散策路になっています。

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↑ 軌道跡

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↑ 錆びた集乳缶があったので撮った(2009年4月)のですが、ひょっとしたら、軌道で運んでいたもの?と思いました。

ヒギンズさんは、昭和34年の北海道を巡っているのですが、おそらく、当時の北海道は、札幌を除いて、少なくても釧路では、外国人といったら教会の人くらいでしたから、カメラを持って歩く姿は注目されたと思います。もし、私が見かけていたら、その記憶は今でもあったかもしれません。

作品の中に釧網線北浜駅のホームを撮った写真があります。そこに学生服、学帽、下駄の高校生が写っています。これ、私の時代(昭42~45)もそうでした。スリーシーズンは下駄、冬は長靴でした。別に硬派ぶっているのではなく、特に珍しい存在ではなかったのです。汽車通、バス通の連中は靴でしたが、私は学校まで徒歩5分でしたから、下駄でも何でもいい、という感じでした。校内は内履きでしたから、不都合はなかったのです。

それにしても、もし釧路臨港鉄道の旅客営業が続いていたら、そして、雄別鉄道もあったら、日常生活で重宝しているだろうなあと思います。でも、そうなると線路跡の道路がないことになるので、私が住んでいる辺りは造成されなかったのかな?いや、そのくらいの土地はなんぼでもあったでしょう。

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