125年前と60年前の話
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今日の釧路 | 2月15日(火) |
日の出 | 6:20 |
天気 (5:00) | 晴れ |
気温 (5:00) | -8.3℃ |
気圧 (5:00) | 1016.2hpa |
予報 | 晴れ |
予想最高気温 | -1℃ |
記載時間 | 6:30 |
今朝の釧路は晴れです。6時の気温は-8.4℃です。
ラジオで聴いた「今日は何の日」。125年前の1897年(明治30年)の今日は、日本初の映画上映(興行)が行われた日だそうです。検索してみたら、日本経済新聞に詳しい記事がありました。場所は大阪の難波で、やがて千日前は映画館街になったとあります。大阪が映画界をリードして、それは第二次世界大戦が終わって、東京、京都に撮影所が集まるまで続いた、ともありました。
映画上映の歴史からいうと、私は、日本初上映の60年後くらいに映画を見たことになります。小学に入学した頃です。炭鉱の映画館でした。覚えているのは、坂の上にあって、客席は木製の長いベンチだったこと。確か2階席もありました。あと、フイルムが町の映画館と掛け持ちだったので、上映が中断して、「自転車がパンクしたので少々お待ちください」というアナウンスが流れることがありました。フイルムを運ぶのは自転車だったのです。
見た映画は、「鞍馬天狗」、「赤胴鈴之助」、「月光仮面」それに「高丸菊丸」などです。昔話になると、前の三つは共通の話題になるのですが、「高丸菊丸」を覚えている人は少ないです。という私も記憶はおぼろげなのですが、兄弟剣士で槍と弓の名人だったと思います。
映画館は劇場ですから、歌謡ショーもありました。これは、寅さんに度々登場する旅芸人一座と同じで、拡声器を積んだトラックが宣伝して回っていました。芸名も寅さんの映画そのままで、有名歌手と一文字違っていました。観客はそれを百も承知で足を運びます。誰も、ホンモノの美空ひばり、三橋美智也、春日八郎が来るとは思っていませんでした。
小3の時に炭鉱から引っ越して、町の映画館にいくようになりました。炭鉱と違うのは、ヒーローが登場しても、誰も拍手をしないことでした。炭鉱では子供だけでなく大人も拍手していました。それと、映画館がいっぱいあったことです。
覚えているのは、東宝、東映、日活は、各々専門の映画館があって、松竹、大映、新東宝、それに洋画もあり、さらに二番館での上映もありましたから、劇場はまさに娯楽の殿堂でした。無責任シリーズ、ゴジラ、若大将、青春スター、社長漫遊記、駅前シリーズ、007、黒澤作品、等々、映画を見るのがホントに愉しみでした。
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