ボイラー室で聴いたラジオ
今日の釧路は、雨です。
6時の気温は、4.6℃です。
予報は雨。予想最高気温は7℃です。
26日の日記の続きのようになりますが、FM東京が開局した1970年(昭45)4月26日は、神奈川県秦野市にいました。そして、大学が紛争対抗でロックアウトされて、いくところもなく、やることもないから帰省したと書きました。ロックアウトが解除されて、秦野市に戻ったのは、9月末でした。その後、秦野市から世田谷区上北沢に越しました。同時にバイトを始めました。
バイトは、ビル清掃なのですが、ボイラー室の留守番(有資格者の下で、送風、停止などの仕事なのですが、実際は留守番みたなものでした)という仕事もありました。留守番というとおり、暇なので、ずっとラジオを聴いていました。ボイラー室は地下なので、電波状態から、FMではなくAMでした。
よく聴いていたのは、TBSラジオです。見城美枝子さんが局アナの時代でした。視聴者参加番組で、584-2211という電話番号を周知するのに、「ごはんよ ふーふーワンワン」と言っていたのを覚えています。
今、radikoのおかげで、日中でも東京の放送を聴くことができます。そのラジオを聴いていると、あの頃のことを思い出します。ボイラー室では、あんまり暇なので、歌を唄ったりしました。それが、送風口を通って、階上の事務室でも聞こえたそうです。叱られるかと思ったら、音痴のおかげで笑われて終わりということもありました。楽しみは、社長がボイラー室に顔を出して、向かいの蕎麦屋さん「満留賀」に連れていってくれて、えび天丼とおかめ蕎麦をご馳走してくれたことでした。40年前の話ですから、社長も満留賀も代替わりしているでしょう。外神田3丁目の「満留賀」、その向かいの福島県経済連ビル、懐かしい場所です。







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