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餅の葉と地震の話

今朝の釧路は、晴れです。
6時の気温は、-7.1℃です。
予報は晴れのち曇り。予想最高気温は1℃です。

昨日は、ひな祭りということで、さくら餅と白桃ゼリーをいただきました。『♪ あかりをつけましょ100ワット お花をあげましょ若乃花』とは、今の子供達は歌いませんね。この歌、最後の『♪ 今日は楽しい○○』なのですが、○○の部分が、地方や人によって違うことが、一時、ネットで話題になりました。共通点は、本来は「楽しい」に続く事柄ではないことでした。ネットで話題というと、さくら餅の葉は食べるか否かというのもありました。そのうち、ならば柏餅の葉は?なんて発展しました。さくら餅の葉は食べるが、柏餅の葉は取り除くというのが、多数だったと記憶しています。

ラジオで聴いた「今日は何の日」。58年前、1952年(昭52)の今日、十勝沖地震が起きています。私は、1歳に満たない時で、当然ながら記憶にありません。でも、この地震のことは、子どもの頃から聞いていました。炭鉱のズリ山が崩れたほど大きな揺れだったこと。石炭を運ぶ馬が恐怖で暴れて大変だったこと。海沿いの町では、津波が流氷を陸に打ち上げて被害が大きくなったこと。などでした。今、検索したらM8.2の地震だったそうですから、その大きさが想像できます。

高校生の時(1968年、昭43)も、十勝沖地震が発生しています。高体連で授業がなかった日でした。大きな揺れのあと、友人と新釧路川の近くを歩いていたら、海から横一線の盛り上がった波が、上流に駆け上がるのを見ました。波の高さは、50~60cmくらいだったと思います。道路と川の間には、広くて高い堤防があったので、恐いとは思いませんでしたが、初めて目にした光景だったので驚きました。先週のチリ大地震の津波に備えた時は、川の近くでは、定期的にサイレンを鳴らし、消防車、パトカーが警戒にあたりましたが、42年前のあの時は、みんなで川を眺める状態でした。やはり、防災意識や関係機関の体制は、大きく変わっています。

昨日は、職場で新年度に向けての話がありました。もう3月だなあと思ったのですが、来週からは、一気に年度末モードです。毎年のことなのですが、やはり慌ただしいものですねぇ。

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コメント

私は大昔チリツナミ地震子供心に覚えていますよ、その頃は富士見町にいましたから親父に連れられて山手から川の水がだんだん海に引いて少しずつ戻ってきた事を記憶しています。

投稿: ロコロコ | 2010年3月 4日 (木) 22時52分

ロコロコさん
釧路川の底が見えて、捨てられた自転車がいっぱいあったという話を聞いたことがあります。その同時刻、私は千歳町の丘から、千代の浦海岸を眺めていました。波が道路まできて、その後、魚を拾った話を後から聞きました。

投稿: 心太@釧路 | 2010年3月 5日 (金) 06時01分

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