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クラウン還暦、ハイクラウンは50年

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今朝の釧路1月9日(金)
記載時間8:00
日の出6:53
天気 (5:00)晴れ
気温 (5:00)0.5℃
気圧 (5:00)1001.8hPa
予報晴れ時々曇り
予想最高気温2℃

今朝の釧路は7時前に雪がちらつき、その後は青空と雲が半々の空です。

YAHOO!ニュースにSankeiBizの記事として、トヨタが若者向けに若草色のクラウンを4月1ヶ月限定で発売するとの記事がありました。1955年(昭30)誕生のクラウンは還暦を迎え、さらなる発展をめざして、幅広い年齢層をターゲットにするそうです。確か1~2年前にピンクのクラウンを発表しましたが、あれと今回の狙いは違うのかな?

初代クラウンは観音開きのドアでした。炭住で花嫁が家を出る時、ハイヤーが迎えにくるのですが、でっかい外車に花嫁と親、クラウンには親族というパターンだったと思います。我々子どもは、どっちかというと、外車は大きいだけで、感覚的にどう捉えてよいかわからず、専らクラウンに関心がいっていました。なんせ、車というと、日常的に目にするのは、石炭を運ぶ馬車か、エンジン付でもオート三輪にトラックといった環境でしたから、クラウンはインパクト大でした。

その頃(昭和30年代前半)、間違っても 「いつかはクラウン」などとは思いませんでした。まだまだ、親が車を持つ。自分が大人になったら車を運転する。というのは夢にも思わなかったのです。「いつかは・・・」と思ったのは、40代になってからでしたが、ず~っと「いつかは・・・」のまんまです。

クラウンで思い出しのは、中学1年生(1964年 昭39)の時に発売になった森永ハイクラウン(チョコレート)です。なぜ、発売時期を覚えているかというと、中1の時から映画館通いが始まり、そこの売店でこのチョコを買うのが楽しみだったからです。

ハイクラウンは、今の煙草の箱のような形状で、高級感がありました。味も大人ぽかったです。ただ、ほかのチョコレートより20~30円高かったので(100円まではしませんでしが、それに近かったと思います)、そうは買えず、買った時は、じっくり味わって食べたのを覚えています。トヨタクラウンは還暦、森永ハイクラウンも50年です。

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