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1981年7月26日の夜、ベベルイの空に

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今朝の釧路1月21日(水)
記載時間6:20
日の出6:47
天気 (5:00)晴れ
気温 (5:00)-10.6℃
気圧 (5:00)1026.8hPa
予報晴れ
予想最高気温1℃

今朝の釧路は晴れです。6時の気温は-10.6℃です。

12年前の北海道新聞に載っていたことです。旭川に住む60歳になる女性の話です。彼女が、中学3年生(1958年 昭33)の冬、夜遅くにオーロラを見たそうです。レースのカーテンのような光の帯が、たなびいていたのを見たといいます。でも、それを周りの人達に言っても、信じてもられなかったそうです。厳寒の北海道であっても、オーロラとなると、余程の条件が揃わないと見ることができないからです。

それから、45年後の2003年(H15)1月8日(水)の北海道新聞に、その時の旭川のオーロラが紹介されました。あの日、確かにオーロラは発生していたのです。彼女は、それを読んで、やっぱりあれはオーロラだったのだ!あれは夢ではなかった!と、半世紀ぶりに胸のつかえが下りたそうです。

1981年(昭56)7月26日(日) 、北海道富良野市では、空知川のいかだ下りがありました。その夜、原始ヶ原ベベルイの奥で、中の沢小学校分校の木谷凉子先生は、葉巻型のいわゆる未確認飛行物体に向かって、『地球の友から宇宙の友へ』と語りかけます。そうすると、飛行物体の窓に一斉に明かりが点り、その底部から円盤が飛び出たのです。黒板螢(9歳)は、その一部始終を目撃します。

この事件後、噂を聞きつけた東京のワイドショーが富良野に駆けつけます。でも、放送では、そのようすを語った螢が、作り話で関心を惹こうとする「目立ちたがり屋」として、一笑に付されて終わるのです。

この話、旭川のオーロラのように、40年後、50年後に証明されることはないでしょうか。テレビ局にあしらわれた螢は傷つき、凉子先生は不適切な行動だったとして、オホーツク女満別に異動になったのです。いつか、NASAかどっかの機密指定文書の期限が切れて、1981年7月26日の夜、日本は北海道富良野市の上空に・・・なんてことにならないかって期待しているのです。

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