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10年前の日記(11月)

今朝の釧路は曇りです。5時の気温は9.3℃です。予報は曇り夜は雨。予想最高気温は13℃です。

今日から11月。10年前の日記を開きました。松井メジャー挑戦(2002年11月1日)。あれから10年。松井の去就は?同じようにイチローのそれも気になるところです。

安原製作所「秋月」の予約受付開始(2002年11月1日)。

Akizuki

「世界最小のカメラメーカー」安原製作所が、「安原一式」で注目を集めて4年。満を持して発売したコンパクトカメラが、「秋月」でした。でも、納入の遅れ(安原一式同様、国内生産ができず、中国の工場で製造したため、精度が保てず、工程が遅れたとのことでした)、¥75,000に見合ってないという評などがあって、ほぼ「幻」状態で消えていきました。

同じ時期、デジタルカメラでは、オリンパスが500万画素 F1.8の「CAMEDIA C-5050ZOOM」を発表(発売は2002年11月23日)しました。500万画素は、この時代のトップです。F1.8(レンズの明るさ)は、今でもウリになるスペックです(というか、フィルムカメラ時代から、F1.8のコンパクトカメラは上位に位置づけられていました)。従って価格は、¥128,000でした。

ドラフト会議についても書いています。

===2002年11月7日の日記===
名選手が意外に指名順位が下位だったり、1位指名の選手でも「誰だ?」というような記憶の外になってしまった人もいます。第1回ドラフト会議(昭和40年)のGの堀内、阪急の長池(肩にアゴを乗せるバッティングスタイルの人)は1位指名に相応しい実績を残しました。この年、草魂の近鉄鈴木啓示、東京の木樽は2位指名です。

翌41年は阪神江夏が1位指名です。阪神2位指名は平山英雄投手です。釧路江南高出身です。1軍登板は江夏よりも早かったのです。 背番号は31でした。後の掛布の番号です。一時は、王、長嶋を連続三振にとったこともありましたが、タイガースに在籍9年で勝ち星は8でした。ロッテに移籍後に引退しています。

昭和43年は、阪神が田渕、広島は山本浩二、南海は富田、中日は星野、東京は有藤、阪急は山田久志、西鉄は東尾、何れも1位指名です。すごい年だったのですねぇ。阪急は2位で加藤秀司、7位で盗塁の福本を獲得しています。阪急が強かったわけです。ところで、田渕は、Gと相思相愛でしたが、涙のタイガース入団でした。入団後も評判どおりの活躍をして、何れは阪神監督のために西武野球の勉強をしてこい・・・のトレードでした。でも、何れっていつだ?

※ 東京=東京オリオンズ=現在の千葉ロッテマリーンズ
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ホントに昭和43年のドラフトは豊作でした。ちなみに、他球団の1位指名は、Gが島野修投手。サンケイ(ヤクルト)は藤原真投手。大洋は野村収投手。近鉄は水谷宏投手。東映(日ハム)は大橋穣内野手。といった顔ぶれでした。

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