« 新聞配達のおばちゃん、がんばれ。 | トップページ | フィルムスキャン »

白梅よりも、お蔦主税の心意気よりも

今朝の釧路は曇りです。5時の気温は-0.8℃です。予報は曇り。予想最高気温は3℃です。

10年前の日記です。
=================
2002年(H14)3月17日(日) 曇り時々晴れ 
火曜サスペンス劇場の再放送を見ました。山崎努さんの「九門法律相談所シリーズ」です。山崎努さんは、「天国と地獄」の演技が強烈な印象でした。その後ずっとファンです。「必殺仕置人」も良かったです。サッポロビールのCMでも味を出しています。火サスの九門法律相談所は、古いビルの屋上に建てられた小さな事務所です。夕日が老巧化したビルのコンクリート壁を照らします。その映像が、学生時代にバイトをした雑誌社のビルを思い起こさせます。

宿直員というバイトでした。夕方に出勤して、屋上から街を眺めるのが日課でした。場所は、蔵前通りの清水坂下です。御茶ノ水駅に向かうサラリーマンや学生の流れが、黄昏の坂に都会のけだるさを醸し出していました。低く射す陽が作る街の雰囲気が好きでした。1日の時間で、そこだけがゆっくりと流れているように思えました。浅田美代子さんの「赤い風船」が流行った頃でした。
=================

山崎努さん、サッポロ黒ラベルのCM

この10年前の日記は、きっと、夜に書いたものです。そうでなければ、こういう感傷的なことは書かないと思います。昔の日記を読み返すと、こういう風に恥ずかしくなるのですが、これは自分でも面白い( なに書いてるんだか )ので貼っておきます。浅田美代子さんの「赤い風船」が流行ったのは、1973年(昭48)です。ドラマ「時間ですよ」の挿入歌でした。

日記にある雑誌社は、蔵前通りの清水坂下にありましたが、ルートとしては、御茶ノ水駅から聖橋を渡って、(駅から)400mほどの位置でした。そこは湯島にも近く、当時(昭48)は、ラブホテルが多くありました。10年前の日記には書いていませんが、屋上からは、そういう人の流れも見えました。そういうことには関心がありましたが、白梅だとか、お蔦主税の心意気に思いを馳せるなんてことはありませんでした。「切れるの別れるのって、そんな事は、芸者の時に言うものよ」といえば、ドリフとキャンディーズという時代でしたからね。

|

« 新聞配達のおばちゃん、がんばれ。 | トップページ | フィルムスキャン »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 新聞配達のおばちゃん、がんばれ。 | トップページ | フィルムスキャン »