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彼岸荒れに至らず

今朝の釧路は曇りから晴れ、そしてまた雲ってきました。5時の気温は-3.3℃、11時は-0.5℃です。

今朝、ラジオを聴いている時、地震(7時前)がありました。揺れはそれほどでもありませんでしたが、震源が遠くでも津波注意報が発令されることがあります。そうなると、出勤しなくてはなりません。それで、すぐNHKラジオ第一に切り替えたのですが、通常番組のままでした。そのまま7時のニュースになって、地震速報はないままです。ようやく、7時20分からの道内ニュースで、震度が2であったこと、津波の心配がないことが伝えられました。NHKにしては珍しいなと思ったのですが、どうやら震度があったのが道東に限られた(釧路・根室、十勝、オホーツク)からだと思います。やはり、ニュースというのは、大きな事か、影響が広域に亘るものでないと扱いが異なるようです。まあ、当然といえば当然のことです。

昨日の雪は、いわゆる「彼岸荒れ」にならずに済みました。そのことに感謝しつつパチリ。春の雪は、影もやわらかく感じます。

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札幌、東京などへ進学する人が、釧路を離れる時期です。札幌だとJR(昔は国鉄)というのは、昔も今も変わりませんが、親御さんが運転する車でというのも多いようです。高速道が延長されたからです。東京だと飛行機です。我々のように国鉄(JR)という時代ではないですからね。

国鉄で、24時間かけて上京すると、ホントに遠くにきたという実感がありました。逃げられない(大げさですけどね)と思いました。釧路が恋しくなると、バイト先の電話から105番(市外の電話番号案内)にかけました。釧路の自宅の番号(当然、覚えていますが)を聞くのです。1970年(昭45)当時は、市外番号案内(105番、市内は104番)は無料でした。105番にかけて「北海道釧路市」と言うと、釧路の交換につながりました。もちろん番号照会以外の会話は応じてもらえませんから(小心者の私は試したこともありませんが)、自宅の番号を聞くだけです。それでも、釧路の人と話をしたという満足感?がありました。ね、こういういじらしいことをする時期もあったのです。今は携帯の時代(ファミ割で無料)ですから、こういう話は昔話というより化石ですね。

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コメント

わたしは学生時代札幌からよく実家にコレクトコールをしていました。
交換が確認して了解がとれれば繋げてもらえるアレです。一度バイクで旅行した上士幌の公衆電話からコレクトコールをしたことがあるのですが、交換手が「上士幌に知り合いはいないとおっしゃってますが」と言うので、「娘のCooだと伝えてください」と言って繋いでもらったことがあります。心太さんの日記で懐かしいことを思い出させてもらいました。

投稿: Coo | 2012年3月25日 (日) 16時35分

Cooさん
コレクトコールというのがありましたねぇ。
これも携帯で使わなくなったサービスですね。
出張先から社へのコレクトコールは可か不可かの議論が懐かしいです。

投稿: 心太@釧路 | 2012年3月25日 (日) 16時50分

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