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まだ1年

今朝の釧路は晴れです。5時の気温は-12.8℃です。予報は晴れのち曇り。予想最高気温は-1℃です。

7時前に-13.4℃になりました。昨年は2月15日を最後に氷点下2桁台は消え、4月21日が氷点下になった終わりの日でした。今年の冬は、ちょっとしぶといです。

NHKは、昨日から震災特集に入りました。日本医師会が津波映像の自粛を求めたせいか、番組の冒頭に長めに断り書きを表示してから放送しました。今朝のニュースでも、津波の映像があることを告げてから画面を切り替えています。被災地でインタビューを受けた人は、「あの頃よりも、今が思い出すことがあって辛い」と述べていました。まだ1年ですものね。

昨年の日記は何を書いていたかと思い開いてみました。震災当日の朝は、コント55号の野球拳について思い出を語っています。地震発生9時間前くらいに書いたものです。次に書いたのは14日で、短く「言葉がないとは、このことです。釧路は、13日の朝に津波に備えた避難所が閉鎖され、橋の通行止めも解除されました。津波の浸水があった一部地域を除いて日常が戻っています。」と書いています。

そう書いた日(3月14日)の夕刊(北海道新聞)に1枚の写真が載りました。ジャンパー姿で、ピンクの長靴を履き、両手に水が入った焼酎の大きなペットボトルを下げた子が、唇を結んで下向きかげんで、瓦礫の中をいく写真です。これは、共同通信の記者が撮ったものですが、この写真には、大きな反響があり、数多くの手紙やメールが、北海道新聞社に寄せられたそうです。

北海道新聞では、6月に一面コラム「卓上四季」で、その子と家族の安否を気遣っています。そして、7月末の紙面には、読者の思いに応えてなのか、その後の「彼」について記事が載りました。なぜ、「彼」かというと、最初に写真を見た時は女の子だと思ったからです。野球少年の彼は、「おねえちゃん、がんばってるね」と声をかけられると、「俺、男です」と答えていたとの紹介もありました。1年後の彼が、紙面に登場するのか。それも今の関心事です。

今日は定休です。部屋がまた散らかってきたので、その整頓をしようと思います。

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