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「NIFTY-Serve復活」を愉しむ

今朝の釧路は曇りです。6時の気温は12.4℃です。予報は曇り時々雨。予想最高気温は16℃です。

昨日、YAHOO!ニュースにパソコン通信ソフト「まいと~く」の25周年の記事がありました。「まいと~く」か、自分はNiftermを使っていたなあ。と思いながら読んでいたら、関連記事に「NIFTY-Serve25周年」というのがありました。そこのリンクを辿ると、懐かしい画面がありました。

Nif

「パソコン通信復活」は、こちらの画面から、プロンプトでEnterキーを押すと画面が表示されます。フォーラムの掲示板には、twitterを通して書き込みするようになっています。雰囲気は、充分味わうことができます。Niftyも洒落たことをするものです。

Niftyに入会して何年経ったかな?と思って、メールを検索してみました。そうしたら、4年前にNiftyから、「2007年7月17日は、@niftyにご入会されてから、ちょうど13周年となります。」というメールが届いていました。ということは、来月で入会17周年です。

パソコン通信を始める時、釧路では、NIFTY-Serveのほかに、PC-VAN(現在のBIGLOBE)とASAHIパソコンネット(現在のASAHIネット)が、アクセスポイントを有していました。どこにしようか、迷うというよりも、判断基準が何もなかったので、雑誌にNiftyが会員数が多くて、情報量も多いというようなことが書いてあったので、そこにしました。

初めて接続できた時は嬉しかったです。インターネットを初めて接続する時も、Netscapeのほかに「トランペット」というソフトが必要で、それがどこにあるのか探すのに苦労した覚えがありますが、ドキドキ感でいうと、パソコン通信初接続のほうが、何倍も上でした。大げさではなく、やったーッ!という喜びでした。

今でも、久々に会う旧友は、私が、ブログやツィッターなんかをやっていると知ると、意外だと言います。私は、自他共に認めるそういう存在なのです。ですから、自分独りで(周りにパソコン通信をしている友人、知人はいなかった)接続できた時は、格段の嬉しさだったのです。

あんまり嬉しかったので、その年の秋に家を建てた時は、家内の電話を邪魔せずにパソコン通信ができるように、電話回線を2回線敷いたのでした。その後、ISDNなる1回戦で電話もパソ通もOKという便利なものが出現して、世の中変わったなあと思っていたら、ADSL、光となったのでした。

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コメント

あの当時、最新型!の2,400bpsモデムを借りてきて、自宅の電話回線を勝手に自分の部屋まで引っ張ってきて深夜に接続していましたが、電話代で親からこっぴどく怒られました。

モデムから聞こえるピーヒャラ音を聞いて、接続ができたかリトライしているのかが解るようになった頃でした。


それにしてもISDN以降は加速度的な進歩でしたね。ほんのちょっと前のような気もしますが、それだけ自分も年をとっているわけで複雑です。

投稿: thom | 2011年6月18日 (土) 13時35分

thomさん
あの頃は、従量制課金でしたものね。
「チャット1時間¥200」という記憶があります。
ホント、ISDNは画期的でした。
その後の変遷は、あれよあれよという間でした。
でも、振り返ってみると、あっという間と思っても、
それなりに年数が経っているのですね。

投稿: 心太@釧路 | 2011年6月18日 (土) 21時10分

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