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ラジオ歴47年

今朝の釧路は曇りです。
6時の気温は8.2℃です。
予報は晴れ。予想最高気温は16℃です。

と、7時前に書いた時、「RICOHの古いデジカメはどこに入れたっけ?」と思いついて、防湿庫の整理をしていました。お目当てのデジタルカメラは、簡易防湿ケースの方から出てきました。ついでに、オートハーフとPEN Sも一緒に出てきました。

そんなこんなで、正午を過ぎました。天気は、すっかり雲が消えて快晴です。気温も14.8℃(12:00)まで上がってきました。お昼をいただいたら、フィルムでも買ってこようかな。

今朝は4時半に目が覚めました。今の時期、中波の遠距離受信が好条件なので、あちこちの放送局にトライしました。そうしたら、どこかの局で、由紀さおりさんの「手紙」をかけていました。『♪ 死んでもあなたと 暮らしていたいと』ですね。

この曲がヒットした時期を明確に覚えています。1970年(昭45)の夏から秋にかけてです。この年、夏休みの帰省から戻っても、神奈川県秦野市は暑かったです。夜、アパートの部屋の窓を開けて、月明かりの田んぼを見ながら、ラジオを聴いていました。その頃、よくかかったのが、この「手紙」でした。

なぜ覚えているかというと、この後、すぐに、このアパートから世田谷区上北沢に越したからです。ですから、短かった秦野市南矢名での生活は、小田急大根駅・大根莊・丹沢の山・田んぼ・マンダム(チャールズ・ブロンソン)・ボウリング・友人Kのベレット・・・などと一緒に、「空よ」・「雨がやんだら」・「手紙」等々と思い浮かびます。

当時の関心事というと、マルちゃんのダブルラーメンの残り個数とバイト代が入るまでの日数でした。その割り算ばかりやっていました。ですから、「手紙」の歌詞にあるような世界とは、全く無縁でした。

そういえば、秦野市から上北沢に越す時は、大家さんが学生アパートを日立の社員寮に売ったことで、いわゆる立ち退き料みたいのが出たので、引越にかかる分よりも余裕があって、小型のラジオを買いました。それをバイト先(ボイラー室の留守番)に持っていったのを思い出しました。

私のラジオ好きは、カメラよりもずっと長くて、小学6年生の時からです。札幌の雪まつりを見に行った時に買ってもらった東芝のトランジスターラジオが始まりです。18歳で前述の秦野市に移る時は、お年玉で買ったSONYの登山用ラジオを持っていました。ですから、ラジオ歴は47年です。

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