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| 今朝の釧路(5:00) | 6月15日(日) |
| 天気 | 曇り |
| 気温 | 8.8℃ |
| 気圧 | 1016hPa |
| 予報 | 曇り一時晴れ |
| 予想最高気温 | 13℃ |
昨日の日記は、朝から昼までのことを書きました。その後は、山菜をもらいに出かけたくらいで、あとは家で地震のニュースを見たり、写真集を開いたりして過ごしました。今朝は、6:30に花火があがりました。今日は釧路の大方の小学校で運動会です。どうやら天気はもちそうです。
上の画像は、薗部澄氏の写真集「追憶の街 東京」です。田中長徳氏の「トウキョウ今昔 1996・2006」、長野重一氏の写真集「東京1950年代」に続いて、東京の写真集3冊目です。薗部澄氏の写真集は、もう1冊「ふるさとの四季」を持っています。その発行年月日を見たら、1988年3月になっています。購入したのが、いつ頃だったのか定かではありません。でも、そのきっかけになったことは覚えています。雑誌に薗部澄氏がシグマの一眼レフを使っていることが載ったからです。
その頃はまだ、ニコンF3、キヤノンF1が頂点でした。そして、今はなきミノルタだってαの勢いで、その2強のシェアに迫っていました。ペンタックスも6×7のほかに、秋山庄太郎氏がLXを構えた広告をアサヒカメラ、日本カメラに載せていました。そんな時代です。その中で、シグマを使うことは、喩えるならば、北京五輪に出場する水泳選手が、プールの売店で買った水着でレースに臨むようなものです。それで、関心を持ったのです。(ただし、「ふるさとの四季」はペンタ6×7で撮ったものです)
ちなみに、シグマの一眼レフを使うプロはもう一人いて、それが田中長徳氏でした。でも、氏の著書や写真集を購入するようになったのは、もっと先のことです。その頃は、木村伊兵衛氏、濱谷浩氏などの写真集や「カメラマンたちの昭和史」、「昭和をとらえた写真家の眼」といったのを読んでいました。そこから、赤瀬川原平氏、田中長徳氏となっていくわけです。
写真集「追憶の街 東京」は、昭和22年~昭和37年の東京を撮ったものです。よく言われる「東京はオリンピックで変わった」というのを実感します。写真集の東京は、昭和45年に上京して見た街とは異なります。冒頭に昭和36年の「丸の内の夜景」があります。さらに頁を捲ると昭和29年の「夜の日活国際会館」があります。この2枚の作品は、どちらも雨の夜に撮ったものです。そして、駐車した車が写っています。それは、子どもの頃、映画で見た遠い存在の東京そのものです。写っているのは、47年前と54年前の東京ですが、記憶と重なるその作品は、未来の街に見えます。戻ることができない街ではなく、いくことができない街に見えます。
不思議な感じがする作品もあります。昭和33年「畑の中の貸本屋(場所不明)」です。ホントに周囲は畑で、遠くに林と家が見えるだけです。タイムマシンを50年前の東京にセットしたら、銀座でも新宿でもない一面が畑の場所に降り立った。そこには、何故か1軒だけポツンと貸本屋があった。ここがどこなのか?そう探る前に、誰が借りにくるのだ?と、思ってしまった。そんな感じです。店の看板には、「新刊貸本 東京文庫」とあります。
終わりに近い頁には、昭和30年の松屋浅草店を撮った作品があります。松屋百貨店は、民家が群れる中に、そびえ立つという感じで建っています。そして、横長の建物は軍艦に見えます。屋上の時計塔、遊具の鉄塔、最後尾のペントハウスと煙突。まさに軍艦です。
この時代の東京を知っている人にとっては、この写真集は「追憶」だと思いますが、私にとっては、東京のイメージに新たなものが加わったという気がします。そんな写真集です。
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